「五感カフェ」maquicoです。
抽象表現としての《モノクローム写真》にご興味いただけうれしく思います。
白と黒が生み出す無限の世界は
シンプルを極めた「グレーグラデーション美学」であり
深い意識化でものごとをニュートラルに感じとる悦びにつながります。
それは、あなたがいまここで感動した世界を
100%ピュアなまま2次元に現すことができる強力なツール。
このコラムをお読みの感覚派のあなたへぴったりな《モノクローム写真》。
今回も引き続きレクチャーしてゆきたいと思います。
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■ どこにフォーカスするのか?
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これまでの記事で、
モノクローム写真や表現は白と黒という単純な色ではなく
その中間の「グラデーションの美しさを楽しむ」ということが
おわかりにいただけたかと思います。
グレートーンと言われるゆたかな色調は
モノゴトの本質ゆえに
繊細で精神性が高く、世界中で通じる概念です。
ゆたかな色調とは、色の階調、トーンです。
では、わたしたちが目指す理想的なトーンとはなんでしょうか?
撮影する場合、どんなことを意識すればいいでのしょう?
最終回では、これらをお話したいと思います。
まず、理想的なトーンについて。
グレートーンはモノクロの階調データを増やす方が良いとお伝えしました。
こレは、撮影中により多くのデータを取り入れながら
ゆたかなトーンを作る作業ということになります。
「ゆたか」というと言葉が足りませんね。
端的にいうと、モノクロ写真で表現する場合、
画像データ情報量を増やすもっとも最適な方法とは
「被写体の光の当て方」と「構図」
この両方をイメージすると良いかと思います。
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下の画像はポートレートの一例です。
ごちゃごちゃとした背景の中で被写体に光があたっていないとき、
顔や人物の情報などが印象に残らず、
背景に目がいってしまうということが多々あります。
観光地や旅行先のスナップなどもこれに値するかもしれません。
「撮ったけれどイメージが違った」そんな感じ。
なんだか雑然としていますね。
EX) 撮影者の表現したいものが背景にあるのなら良いかもしれませんが
全体の雰囲気のなかのモデルを写真とする場合、
これでは眼が泳いでしまい作者の意図も伝わりにくいもの。
次は、同じスチュエーションで位置を変え
モデルさんの顔に光が当たるようにしました。
どうでしょうか?
結果、表現したい顔の情報量が増え、
表情や質感もわかりやすく
奥行きの光のグラデーションをキープできました。
構図も全体のバランスが取れて写っているモノが多い割には
スッキリとした印象になり、視線が惑わされなくなったかと思います。
このように、被写体に力があっても
構図が雑であったり光の読み方が甘かったりすると
モノクロ写真としてのトーンがざわついてしまうもの。
これは、いくら光がモノクロ向きな条件だったとしても
撮影する人の意図をはっきりさせないと
見る人にとって「読みにくい写真」「残念なイメージ」
となってしまうのです。
逆にいえば、混雑している場所やモノが多いところでも
被写体(見せたいもの)へフォーカスする光と、全体の構図が整っていれば
伝わりやすい写真になるということでもあります。
この「光読み」の練習法として、オススメしているのが
「MIXショット」です。
これは、質感の違うモノを同じ位置に置いて撮る、
というスキルの要らない感覚的な撮り方。
様々な質感、材料でできたモノをテーブルに並べるだけで練習できるので
お家でも出先でも可能です。
例えば、ガラスやプラスチック、紙、瓶、漆器、木、植物・・・
テーブルにあるものならなんでも素材として研究できます。
野外であれば、アスファルトやモルタル、車体、ビルの映り込みなど
表面にテクスチャーのあるものを被写体に選ぶように心がけてみると
微妙な光やその日の天候、時間、季節によって
光の質まで理解できるようになりますよ。
毎日いつでもできて、材料費ゼロです。
ちなみにわたしはカフェでよくやっていました。
窓際のテーブルに座り、コーヒーカップの陶器の質感、
フルーツタルトなどの果実のツヤ感、フォークの金属質、
窓ガラス、テーブルの木目、レシートの紙のニュアンス・・・・
窓から差し込む光が刻々と変化して
自然の粒子そのものが、
モノクロ表現の情報となってくれるのがわかります。
これをお読みの皆さまも、大いなる光の恵みを感謝して頂きましょう。
きっと自然が素敵なギフトを与えてくれますよ。
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■ どうして、モノクロ写真を撮るのか?
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あなたは、なぜモノクロ写真に興味があるのか
考えたことがありますか?
わたしたちは、現在、デジタルカメラで撮影したあと
便利なアプリケーションを使えばすぐに「モノクロ風」ができあがります。
それなのに、なぜわざわざカラーよりも
情報量の少ないモノクロ写真を撮る衝動にかられるのでしょう・・・・
その興味のエネルギーとは一体なんでしょうか・・・?
かつて、多くの人が銀塩フィルムを使っていた頃
まずモノクロで写真を学ぶと良いと言われていました。
なぜなら、フィルム現像から印画紙への焼付けまで
すべての工程を撮影者自身で行なえ、細かなコントロールが可能だったからです。
では、フィルムではなく
デジタルカメラでモノクロ写真を撮るメリットとは一体なんでしょう。
モノクロを撮影するには、これまでお伝えしてきたように
光に敏感になって、光の意味を問うことが必要になってきます。
これまで、何も考えずに見て感じていたことが
まるで本質からズレていて何も意味をなさなくなったり、
その逆にとてつもなく愛おしい瞬間に感じることもあります。
色の情報を拒否してまで見たいもの、見せたいものとはなにか。
思考のクリアリングにも似ています。
そのようなメンタリズムで物事を捉えていると
カラーよりもずっと光をプリミティブに扱えるようになる、
というのがわたしの持論です。
つまり、モノクロ表現は、
カラーでも重要な「光に対する感覚」を磨け
より洗練されたヴィジュアル表現につながるのです。
モノクロで光に対する感覚を磨くことはすなわち、
日常観ているすべての色彩が
より鮮明に認識しやすくなり、繊細に光を感じることができます。
それは、今まで知らなかった世界の発見になるかと思います。
もし、今までカラー写真にしか興味が無かったという方も
是非このテキストを参考にして
モノクロ写真を観たり、撮ったり、経験してみてはいかがでしょうか。
カメラ自体は瞬間という時間を切り取る機械にすぎません。
その瞬間は、永遠の時間の中の一コマであり、
あなたがその時間の流れをどう感じたか?
それが写真に写り、自分の無意識が反映されている
と想像すると、いっそう興味深いですね。
あまりにも見慣れた光景にモノクロの世界でシャッターを切ると
まるで別世界の時間が立ち現れるかもしれません。
あえて多くの情報を手放して
白と黒のグラデーションに素直な写実を求める。
慌ただしい日常の中で、ゆっくりと時間の軸を持って
目の前の事象を観察する。
そして、じっくりとものを視て、五感で考える。
世界にシンプルになることで贅沢な時間を持ち続けることが
印象的な写真を撮る一番の目的かもしれません。
シンプルで贅沢なゆとりの時間を味わって欲しいなと思います。
それでは、最後までお読み頂きありがとうございました。
またいつか意識と写真についてお話できたらと思います。
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オルタナティブな活動をしています。
maquico kitagawa