五感カフェ maquicoです。
「森のアトリエ」の開催でワクワクしながらこの夏過ごせそうです。
さて、今回
「こんな感じがあったらいいな・・・」
「わたし、これやりたいかも!」
とアイデアが浮かんだとしても
それが実現せずに消耗してしまう、
もしくは
時間ばかりかかって達成できない
そのうち、何を目標にしていたのか見失ってしまう
そんな方のために
創作過程についてのアドバイスを込めてコラムを書きました。
少し長めではありますが、
ご自身のやりたいこと好きなことをどうやって他者に循環できるか?
とお考えの方は、ごゆるりとお読みくださいますと嬉しいです。
問われているのは
時間の象徴とはなにか?という価値観
私事ですが、
ひたすら制作に打ち込む夏がやってきます。
「こんな感じがあったらいいな・・・」をイメージして
この時期わたしがやることは自分の作業ではなく、
主に若いアーティストの企画や
コーチングがメインとなっています。
具体的には、彼らを客観的に見て足りないリソースを手伝ったり
原稿を書いたり、編集作業をしたり・・・
日常の細々したことから離れるためにホテル滞在。
これやりたいかも!で終わらせないためにも
ディープな時間を過ごして日常にエスケープをしています。
個人的なお話を先にしてしまうと・・・
わたしがバージョンアップする時に
なにが必要で、どんなことに価値を置いているのか?を
基準に行動していたら
ここ数年、キッチン付きホテル滞在がベストとなりました。
こんな時、昔お世話になった
南フランスのオーベルジュを思い出します。
あれは仕事にひと段落したある夏、
気晴らしにスナップをしに訪れたオーベルジュでした。
多くのアーティストが定宿にしていると聞いていましたが
予想をはるかに超えて居心地が良く
忘れられないほどの感動をいただいたのです。
なかでも、オーベルジュの朝食が素晴らしかった。
マダムが焼くパンと搾りたてのオレンジジュース
裏の畑で採れた夏野菜のカラフルなサラダが
テーブルいっぱいに並んだテラス席に座った時、
ほんの気晴らしの旅行のつもりでここへ来た意味がわかりました。
わたしは、わたしが思うよりずっと消耗していたの。
日本にいるときは無自覚でした。
1ヶ月滞在している間、マダムの創るシンプルで丁寧な食事に癒され
南フランスの広大な自然を謳歌し
わたしはいつも以上に撮影をしました。
ある日、食材の買い出しに行くから一緒にどう?と
マダムに誘われ隣村へ行き、アンティークのガラスケースに鎮座していた
ライカのM3というフィルムカメラに出会ってしまった。
一瞬で衝動買いをしたわたしは、36枚組のフィルム100本を
連日狂ったように撮影してまわりました。
南フランスの小さな村で撮った一枚が、
フランスの「心象風景コンペション」で優勝をいただけ
作品をたまたま見たパリのアトリエオーナーから
一緒に創作しないかと声をかけていただき、
その年の暮れ、夢中でパリへ向かっていたっけ。
フランスの田舎のオーベルジュからしたら
買い物のついでに寄ったカメラ屋の話。
けれど、わたしにとっては一生を変える出来事でした。
今でも、オーベルジュのマダムとは仲良くさせていただいています。
そろそろ美味しい朝食を頂きに、ふらっと飛んで行く予定です。
で、何が言いたいのか?
というとですね・・・
考えてみてください。
わたしが初めてマダムの家に訪れた頃(と言ってもたった6年前)は
まだ、エアビーという概念がありませんでした。
オーベルジュやB&Bというのは海外の話じゃないの?
と思っていたけれど、今や世界中、いえ日本中でも
「民泊新法」が可決され当たり前になっています。
今後はAirbnb が普及しすぎてホテルの経営が大変になるかもしれない・・・
という話もきくほどです。
つまり、
プロフェッショナルなものが
どんどん目の前で壊されてゆく時代
その時間の象徴だとも思うのです。
人の本質的な欲求に根ざすというスタイルを
エアビーという選択肢が満たすのはとても面白い動きだし
わたしがお世話になったオーベルジュのマダムの存在が
どれだけ価値のあるものなのか肌でわかっているわたしは
日本の動きも大賛成していています。
そして、この国独自の素晴らしさや、
オーナーさんの個性、こだわりを提供できることにすごく興味があるのです。
そういうのって、自分のことのようにワクワクしませんか?
ということを言いたかったわけ。
感覚を提供する時代。
オープンスペース、オーベルジュや民宿
シェアキッチン、セルフエステ、セラピースペース
オープンメディアやフリー雑誌、映画
ワークショップ、アーティスト合宿施設
新しい時代、どんなビジネスにも言えることは
「こんな感じがあれば・・・・」
で終わらないところだと思います。
だって、やろうと思えば
誰でもできてしまうのですから。
今まで受け手にしかなれなかったひとが、
すぐに創作者になれ、価値を提供できるのです。
やっていないという人は、ただの怠慢・甘えでしかないのかも。
それは、絶対的なプロだから選ばれるわけではなく
資格があるから選ばれるわけでもない。
プロフェッショナルであってもなくても
ひとが「これがほしかった」
「これが見てみたい体験したい」
「その感覚を手に入れたいんです」
と思う場所を作ったひとが、選ばれる。
日頃わたしがしているコーチングやセッションでも
そんな小さな「これ」「それ」を
お伝えしてゆきたいと考え工夫しています。
それぞれの才能を研ぎ澄まし
なんどもなんども
日々試作しては輝かせてゆく。
だからこそ
そこだけが放つ、小さな光を求めるひとに
どストライクな「ちょうどいい」を
提供できるのだろうと思うのです。
わたしにとってこのお手伝いができることは
本当にありがたい環境。
だから、惜しみなくコーチしてゆきます。
創作者としての感覚をもつにはどうしたらいい?
「自分だったらどんな感覚がほしいかな?」
と想像してみるのが得意になると楽しいです、といつも話しているように
イメージというのはいつだって曖昧で
気をぬくと流れていって掴みどころがないとも言えるけれど
それを、可視化する手立てを考えることは誰だってできるのです。
それには伝える手だてが必須。
さらに、それさえも超越するのは、熱量(エネルギー)の質と量。
あなたの「伝えたい情熱」を注ぐのはどんな表現?
音や視覚でしょうか?
写真か映像なのか絵画かイラストか
それともセッションのような対個人へのリソースとして
すぐにダウンロードできるような読みやすい資料なのか。
そんなふうに、イメージして作り手の場を感じるということは
「わたしだったらどんな感覚がほしい?」
を丁寧につきつめたら絶対見えてくるのです。
さらに、
「あなたが伝えたいひとはどんなことを求めてる?」
ピン、と感じたものから推測しながら
どんどんアウトプットしてゆくのがいい。
そうして、実際に「こういう感覚がほしい」
を現実にするときに
ただ、「最近ああいう映像が流行ってるよね」
「あの販売サイト使いやすそう・・・」
海外で儲けてるひとがいるからやろうかな」では
当たり前ですが、かなり厳しいです。
だからこそ、客観視するコーチという存在がいます。 ◀︎わたしココね。
なんでも当たって砕けろという言い方もありますが
個人差がありますし、
迷いながらよちよち歩いていても時間ばかりかかってしまう
・・・としたら、どうなのでしょうか?
もしかしたら、砕け散ったときにその情熱失っていませんか?
と、わたしは問いたい。
スピードだけでもやりたい欲だけでも通用しないので
少なくともわたしは無鉄砲なよちよち歩きでの判断はオススメしません。
一方
絶対的に忘れてはいけないもの、それは
自分のなかにある「創らずにはいられない情熱」。
もしかしたら、それだけなのかもしれない。
わたし自身、この熱に繋がる方法を知っているので
集中してその状態でいられるし
だからこそ思いついたことすべてやってみる。
中途半端で終わっているかどうかなんて気にしないし
それ自体、自分で作った幻想だもの
どうだっていいではありませんか。
さあ、誰もがアーティスト(創作者)になれる時代。
あなたがバージョンアップする時はいつですか?
どんな感覚を届けたい?
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